♯623 どうする家康第39話ネタバレ&感想 ~太閤、くたばる~

こんにちは。ひろくんです。

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 今日はどうする家康第39話のネタバレ&感想を書いていきたいと思います。ネタバレになりますので復習がてら読んでいただきたいです。ネタバレ嫌な方はごめんなさい。

 秀吉は次男の拾(のちの秀頼)誕生に元気を取り戻しました。

 大坂に戻った秀吉は拾と対面して抱きかかえると恐怖におびえる表情をされる。

 「この手は多くの人を殺めてきたで。これに粗相したら誰であろうと成敗してよい」と秀吉が言いました。

 その後、拾にけがれたものを近づけるな。些細な粗相も許さくなります。拾の邪魔者となる甥で関白の秀次を失脚させて高野山に追放して自害に追い込み秀次の妻子一族39人を年齢問わず皆殺ししました。

 そして、明国との和議を進めます。

 「この7か条の合意をもって明国との和議とする」と秀吉が言いました。

 秀吉の作った和平案を見た石田三成らは絶句。明国が受け入れることはできない内容でした。

 「これ以上は譲ることはできぬ。それで進めろ。これにて、余は大坂に戻る」と秀吉が言いました。

 家康たちはこの和議について話し合う。

 「このような和平は明国が受け入れるでしょうか」と本多忠勝が聞くと

 「きわめて難しいでしょう。されど、なんとしても和議を結ばなければなりませぬ」と三成が言うと

 「治部、新たな政の仕組みがいると申しておった。聞いてみたいと思っていた」と家康が言うと

 「力ではなく知恵。合議で話し合って政を決めていく。そうなれば天下人を力で争うことがなくなるでしょう。私の夢でございます」と三成が言うと

 「夢を語っているだけでは実現せぬでござるぞ」と家康が言いました。

 三成の夢は昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の13人の合議制をモデルにしているのでしょうか。

 1595(文禄4)年冬、家康は京で隠居する酒井忠次の屋敷に寄りました。70歳の忠次はほとんど眼が見えません。

 「無理を言ってすまんな。秀忠が祝言をあげたから寄らせた」と家康が言うと

 「お久しゅうございます」と秀忠が言うと

 「改めておめでとうございます」と忠次が言いました。

 秀忠は家康と於愛の方との子で相手は茶々の妹である江です。江のほうが年上ですが秀吉が強く望んだ婚儀でした。

 「徳川と豊臣のつながりを必死に強めてる様子。ま、悪いことはござらぬが」と忠次が言いました。

 秀忠のお願いでえびすくいを披露した忠次。最後にみなで踊ります。

 その後、家康と忠次が2人で話をする。

 「かつて信長さまが言っておった。安寧な世を治めるのは乱世を鎮めるより遥かに難しいと」と家康が言うと

 「まさに」と忠次が言いました。

 忠次は家康を抱きしめて

 「ここまでよう耐えられましたな。辛いこと。苦しいこと。よくぞ乗り越えられた」と忠次が言うと

 「お主がおらねばとっくに滅んでおった」と家康が言うと

 「殿が辛抱強くおったから徳川は生き延びられたのです。1つだけ願いを言い残してようございますか。天下をおとりなされ。秀吉を見限って殿がやりなされ」と忠次が言うと

 「天下人は嫌われるばかりじゃ」と家康が言いました。

 それから3か月後、家康を幼少期から支え徳川四天王の1人である酒井忠次は亡くなりました。

 1596(文禄5)年、明国と秀吉は和議を結びました。

 「余は満足である」と秀吉が言いました。

 明国が不利な条件を認めたと思いきや和議を結ぶことを優先して明国の国王と秀吉は騙されていたのです。そのことを知った秀吉は激怒。

 「小西殿も殿下をおもんばってのこと。今一度考えなおすべきだと思います」と家康が言いました。

 そして秀吉は再び朝鮮出兵を敢行。慶長の役が勃発しました。

 「刃向かうものは皆殺しにせよ」と秀吉が言いました。

 しかし、朝鮮軍の強い抵抗にあい次第に嫌気がさしてきます。やがて秀吉に対する不満が高まり京の治安が悪くなってしまいます。

 「国の中も外もぐしゃぐしゃ。確実に乱世に戻っておりますな」と本多正信が言うと

 「やめよ。策は無限にあると殿下はおっしゃった。それを信じるのみじゃ」と家康が言いました。

 その後、拾が5歳で元服して秀頼と名を改めました。直後、秀吉が倒れました。秀吉は3日間意識が戻らなかったが奇跡的に息を吹き返して三成に遺言を伝える。

 「秀頼はあまりに幼い。わしが死んだあと誰が天下人になる」と秀吉が聞くと

 「天下人は無用と存じます。豊臣家の忠義と知恵あるもので政をすすめるのがもっともよきことかと」と三成が言うと

 「わしも同じ考えよ。望みは世の安寧。民の幸せよ。治部、やってみよ」と秀吉が言いました。

 三成の夢であった五大老五奉行制が誕生するのであった。

 秀吉は一時回復したが再び悪化。家康は秀吉に2人で話したいと言われて病床へ。

 「秀頼を頼む。秀頼を頼む。世の安寧など知ったことか。天下などどうでもいい。ただ秀頼が無事に暮らしていけるならそれでええ。どんな形でもええ。秀頼だけは頼む」と秀吉が言いました。

 家康は天下人の秀吉がただの老人になったこと、そして朝鮮との戦をそのままにしていくことに呆れる。

 家康は秀吉から後を託すことを誓いその場を離れる。

 秀吉が死の直前、茶々がそばにいる。

 「秀頼はあなたの子だとお思い?秀頼は私の子。あとは私に任せよ。猿」と茶々が言いました。

 太閤豊臣秀吉は天国へ旅立ちました。

 その日、家康は眠れず星を見上げて忠次の願いを思い出す。

 「信長にも秀吉にもできなかったことをわしにできようか」と家康が聞くと

 「殿だからこそできるのです。戦が嫌いな殿だからこそできるのです。嫌われなはれ。天下をとりなされ」と忠次が言いました。

 その言葉に家康は心を揺るがされるのであった。

 感想としては秀頼誕生~秀吉最期回。秀次を切腹させなければ家康に乗っ取られることはなかったかもしれません。酒井忠次に家康の晴れ姿を見せてあげたかったです。

これからも当ブログをよろしくお願いします。

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