♯487 どうする家康第20話ネタバレ&感想 ~岡崎クーデター~

こんにちは。ひろくんです。

 昨日は大雨で大変だったところもあると思います。雨も降らないといけませんが大量に降るのはやめてほしいですね。

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 今日はどうする家康第20話のネタバレ&感想を書いていきたいと思います。ネタバレになりますので復習がてら読んでいただきたいです。ネタバレ嫌な方はごめんなさい。

 「信玄が死によって、もはや殿を脅かすものもおりませぬな。徳川さまが武田に奪われた所領を取り返すことでしょう」と光秀が言うと

 「果たしてそうかな。武田四郎勝頼、恐ろしき才覚と俺は見る」と信長は言います。

 家康は遠江の犬居城を奪還するべく勝頼に挑みますが勝頼は強くて退くしかありません。

 背後から武田の無数の弓矢が飛び交ってたくさんの戦死者を増やしてしまう。犬居城奪還失敗。

 5月、勝頼は遠江の要所である高天神城を包囲し攻略する。

 その頃、家康は戦続きで疲れている。

 家康は武田から奪われた所領を取り返そうとやっているけど敗北を重ねて武田領が増えるばかり。

 1575(天正3)年、信玄の3回忌を終え、勝頼は穴山信君に聞きます。

 「穴山、戦の具合はどうじゃ?」と。

 「つつなく進んでおります」と信君が答えると

 「父の3回忌を終えた。ここからは存分にやらせてもらう。岡崎を取る。狙うは松平信康。そしてその母築山殿じゃ」と勝頼は宣言しました。

 そのことは浜松城にいる家康に伝わる。

 西三河の要所である足助城をターゲットにされている。

 家康が自ら出陣しようとするが鳥居元忠と大久保忠世に止められる。

 岡崎には石川数正が行っているが家康も向かおうとするが高熱を出して倒れてしまう。

 一方、岡崎では信康が甲冑をつけている。信康は気持ちが高ぶり紐を上手く結べない。本当なら正室が助けるところだが五徳姫は正座してすまし顔で見ているだけ。

 「落ち着かれませ。総大将はどんと構えてなければなりませぬ」と五徳姫は言い、「わかっておる」と信康は答えます。

 そこに瀬名と亀姫がやってきて城に入ってくれることに。

 信康と五徳姫の夫婦喧嘩が始まるが

 「やめなされ。われらは心を一つにするときじゃ。信康、そなたには殿が残してくださった家臣が大勢おる。一丸となればかなわなう敵はおりませぬ」と瀬名は言うと「心得ています」と信康は答えます。

 信康は足助城に向かうが2日後敗走して戻ってくる。瀬名と亀姫は負傷した兵の手当てを行っている。瀬名は慣れているが亀姫は慣れていないため泣いてしまう。

 そして瀬名があちこち処置をしていると五徳姫は何もせずに突っ立っている。

 「五徳、誰もそなたに命令はできぬ。自ら進んで手伝わねばならぬぞ」と瀬名は言うと

 「このような汚い男たちに触れることなどできませぬ」と五徳姫が答えると

 「汚いとは何事か。三河を守るために戦っているものたちぞ。そなたも三河の女子であろう」と瀬名は激怒。

 「私は織田信長の娘じゃ。無礼者」と五徳姫は激怒して去っていく。

 その頃、浜松城の家康に戦況が伝わる。

 「武田勝頼、足助に入った模様。早ければ明日にも岡崎を攻めまする」と酒井忠次が報告。

 「こんなときに動けんとは情けない」と家康が言うと

 「お疲れが出たのでございましょう。私が代わりを務めますゆえ、ゆっくりお休みください。岡崎には平八郎(本多忠勝)と小平太(榊原康政)を急ぎ送り込みました」と忠次が続けて

 「あの小僧もつけておきました」と。小僧は井伊虎松のことです。

 「岡崎は落ちることはありませぬ」と忠次は言うと

 「そう思うが、わしは武田勝頼という男が恐ろしい。あやつは信玄の知力のすべてを受け継いでおる。武田信玄は生きておるんじゃ」と家康は言いました。

 その頃、岡崎の外れに千代がやってきます。そこに1人の武士がやってきて渡された紙を読み破り捨てる。武士の名は信康の家臣である大岡弥四郎です。

 その晩、岡崎領内の屋敷に30人ほど集まっている。

 「勝頼さまからお指図あり。明日、武田勢が攻めてまいる。よってわれらは今宵ことをなす。刻は虎の刻じゃ。これは岡崎を救うためになすことじゃ。狙うはまず松平信康。次いで築山殿。岡崎城を乗っ取り武田勝頼さまをお迎えいたす」と弥四郎は言いました。

 信康の家臣である山田八蔵が事前に瀬名に報告していたのでクーデターは失敗。

 弥四郎たちは捕らえられ、なぜクーデターを起こしのか問いただす。

 「脅されて仕方なく。つい武田の口車にのせられてしまいました。悔いておりますと言えば満足でございますか。武田の方が優勢だからそっちについた。沈む船に居続けるのは愚かである」と弥四郎は続けて

 「ずっと戦をしておる。ずっとじゃ。織田信長に尻尾を振ってわれらに死んで来いとずっと言うておる。なんのご恩があろうか。みなもうこりごりなんじゃ。終わりにしたいんじゃ。だが終わらん。信長にくっついておる限りずっと終わらん。遅かれ早かれ死ぬのならほんのひと時でも夢を見たほうがましじゃ。よう聞け。これがみなの本当の心じゃ」と弥四郎は言いました。

 その後、弥四郎たちは処刑されました。

 勝頼はクーデター失敗を知り浜松に向かっている。

 その頃、虎松が家康に仕官し万千代と名を改める。

 その頃、岡崎では瀬名が八蔵に頼んだ。理由は武田と弥四郎をつなげる人物を探るため。

 そして築山にやってきたのは千代だったのです。

 感想としては戦国時代裏切りが当たり前。信じることの難しさを学ぶことができました。

これからも当ブログをよろしくお願いします。

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