こんにちは。ひろくんです。
11月ラストの日に散髪しました。スッキリしていい感じです。
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今日はどうする家康第45話のネタバレ&感想を書いていきたいと思います。ネタバレになりますので復習がてら読んでいただきたいです。ネタバレ嫌な方はごめんなさい。
1611(慶長16)年、大坂城で宴が行われている。
「お千、この天下を一つにまとめたのはどなたじゃ」と茶々が聞くと
「亡き太閤殿下にございます」と千姫が答えると
「そなたのおじいさまは殿下の家臣として代わりを任されていただけ。秀頼が成長したときには天下をお返しいただく約束じゃ。そなたのおじいさまは盗っ人ではあるまい」と茶々が言うと
「おじいさまは約束を守る方と存じます」と千姫が答えると
「なれど、もしその約束を破ったときには戦になっても仕方ないこと。ほしいものは力づくで手に入れる。それが武士の習わしなんじゃから」と茶々が言いました。
現在、家康は70歳になり将軍職を秀忠へ譲り大御所として駿府で暮らしている。
一方、秀頼は次世代を担う人材として成長著しく関ヶ原の戦いで敗れたあと牢人や武器を集めていて世間では徳川と豊臣が戦するのではと噂されている。
そんな中、秀忠と本多正信が駿府にやってくる。
「10年間、天下の政務を行っているのはわれら徳川。徳川が政をすすめるのは世の安寧のため」と秀忠が言うと
「もうはっきりさせるべきです。今や徳川が上、豊臣が下であると。秀頼さまには今度こそひざまずいてもらいましょう。もし従わなければ、力を持って」と本多正純が言うと
「ならん。太閤は今も多くの心に生きておられる」と家康が言うと
「秀頼さまには二条城に来ていただき大御所さまとお会いしていただく。ただしその際に上座にお座りいただき崇めたてまつる。徳川は武家の棟梁。その将軍家が敬うものは何や」と正信が言うと
「公家」と阿茶が答えると
「豊臣は武家ではなく公家ってことにしてしまう」と正信が言うと
「寧々さまに間に立ってもらおう」と家康が言いました。
3月に入り、家康が秀頼に書状を送りました。後陽成天皇譲位のためです。茶々は反対するけれど寧々と加藤清正らの説得により快諾する。
3月29日、秀頼が二条城に向かう。秀頼は人気で一目見ようと人だかりができている。
二条城に颯爽と現れた秀頼は先に挨拶をする。家康は上座に行くよう勧めるが秀頼にとって妻の祖父ということもあり譲る。家康は上座におり秀頼が下座にいたため世間では秀頼をひざまずかせたと話題になる。全部秀頼を後ろで操る茶々の罠にはめられた家康。
駿府城に戻った家康は阿茶と話をしている。
「どうでした?秀頼さまは?」と阿茶が聞くと
「すがすがしい秀吉じゃ」と家康が答えました。
二条城会見後の秀頼は勢いを増し豊臣の威光を高めるため一大プロジェクトを敢行。
京の方広寺に巨大な大仏を再興。秀吉の悲願でもあり秀吉の17回忌に開眼供養としてこぎつけた。
「日ノ本が新しい船出をすることになろう」と茶々が言いました。
一方、駿府城では家康が秀忠を叱っている。
「将軍はそなたであろう。いちいちそのようなことでわしを頼るな」と家康が言うと
「間違いなく豊臣の威光を示そうとしております。正信にもそう申しておるのに」と秀忠が言いました。
世間ではこんな歌が流行っている。
「御所柿は独り熟して落ちにけり木の下に居て拾う秀頼」
家康は高齢なのでいずれ秀頼の天下になるだろう。
秀忠は家康亡き後のことが心配で夜も寝れずすぐに泣きごとをいう。
「そなたはわしによう似ておる。そなたの才能は弱いところ。それを認めることができることにある。それはずっと大事にせよ。戦を求めるものに天下を返すな。武をもって治めるは覇道は徳をもって治める王道にはかなわぬ。そなたにはそれができると信じておる。わしの志を受け継いでくれ」と家康が言いました。
その後、方広寺の鐘に刻まれた文言で大坂の陣へ進んでいくのであった。
感想としては二条城会見~方広寺鐘銘事件回。僕は方広寺の鐘を見たことがあるので懐かしかったです。
これからも当ブログをよろしくお願いします。
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