♯1292 ダブル成人式 ~思い出~

こんにちは。ひろくんです。

 昨日は病棟初めての行事「ダブル成人式」が開催されました。

 ダブル成人式とは40歳のお祝い。成人式から20年。僕は主役。

 東京や愛知などではリアルに開催され、近畿ではどこもやっていない。

 僕が入院している病院が近畿のパイオニア。全国各地に流行ればいい。

 僕は知り合いたくさんいるので来れる人を招待したかった。

 招待は3人だったけど、インフル流行で最終的に2人までとされた。

 弟には指導室からダブル成人式のことを聞いた日にlineして来てもらうことをお願いした。

 昔からお世話になっている順番に連絡しようと考える。

 次に小3まで一緒に暮らしていた従兄弟のお兄ちゃんに連絡した。

 歳はだいぶ離れているけど、僕にとってお兄ちゃん的存在。

 従兄弟は地元に帰ってしまったので滅多に会うことは無い。

 会うきっかけに連絡したが、仕事なので難しいと。春になれば来てくれると言ってたので再会できることが楽しみ。

 次に母方の叔父さんへ弟から連絡してもらって来てくれると連絡があった。

 もう1人、友達のお母さんに来てもらえることが決まったけど、制限されてしまったので断るしかなかった。

 ダブル成人式の話を聞いた時に患者代表として挨拶を頼まれたので文章構成を考えることに。

 2ヶ月くらい前に聞いたけどすぐに手をつけず、成人の日の3連休の2日使って3時間程度でA4サイズ1枚の1205字。完成は成人の日。

 完成したので指導室の人が写真撮影してくれて、声は基本的に出ないため、代読をお願いした。

 当日はカニューレ交換だったが、交換後は痰増えてしんどくなる可能性があったので翌日にずらしてもらった。月日は過ぎて当日を迎えた。

 ダブル成人式当日

 前々日に散髪してもらって、前日はお風呂。頭も身体も綺麗にしてもらって準備万端。あとは正装するだけ。

 黄色のチェックシャツにスーツとズボン。スーツ上下セットなのにズボン見当たず似たようなズボンで代用。足元寒いので阪神のひざ掛け。

 13時40分にPTの先生が来てくれて、車いす乗ることになっている。

 それまではベッド生活のいつも通り。移乗前に着替えと歯磨きをしてもらった。

 PTの先生より先に弟と叔父さんが来てくれた。ちょっと遅れて先生来てくれて車いす移乗。

 座ると寝ぐせひどくて寝ぐせ直ししてもらった。寝ぐせなかなか直らなかった。

 寝ぐせ目立たないためにも帽子の選択肢あるが阪神のキャップしか持っていない。それはさすがに場違い。外出ならいいけれど。なんとか寝ぐせ落ち着いた。

 僕のスマホを弟に預けて、病室を出発。

 食堂でジンくんに会った。僕のお祝いに来てくれる。

 会場は1階なのでエレベーターに下りて向かった。

 会場に着くと紅白の飾りつけで式典にふさわしい。主役は僕含めて3人。

 式典のあと、お祝いコンサートなので、ジンくんや他の患者そして付き添いの看護師さんなどと同じ方向。普通は主役と他の人が向き合う。

 誕生日順で場所決めされており、僕は1番前のど真ん中。1番目立つところで1番目立つ服装。

 式典なので院長先生ならびに偉い人がたくさん集まる。続々と集まり式典が始まった。

 まず初めに主役紹介から院長先生より祝辞。来賓挨拶や主治医の先生から祝辞などたくさんの方からお祝いしていただいた。

 主役順番にこれまでの写真をスクリーンで映してくれた。

 記念品ももらえた。人それぞれ違い、僕は阪神グッズをもらった。グッズたくさん持っているけれど、もらったものは持っていない。

 僕は病棟1のトラキチなので阪神グッズになったのだと思った。

 始まる前までは緊張していなかったけれど、ちょっとずつ緊張してきた。

 僕が自分で読むことはないけれど、文章は考えた。来てくれた人の心に伝わればいいなと思っている。

 長文なので時間の関係で集約してもらった。緊張ピークへ。

 そして謝辞。名前を呼ばれて車いす操作して方向転換。みなさんの方向に向く。

 僕たちのために、たくさんの方々に来てもらって本当に嬉しかった。

 代読してもらっていながら全体を見渡す。ジンくんを見つけると言葉ごとにうなづいてくれている。ちゃんと伝わっているようだ。

 ジンくんとは2008年からの親友。出会ったあの頃は20代前半だった。

 当日までに弟や数名の看護師さんと介助員さんそして歯科衛生士さんには読んでもらった。みんなとてもいい評判。

 全文より半分くらい集約されていた。伝わればそれでいい。

 謝辞が終わって、徐々に暑くなった。いつもはシャツ着ないけれどスーツはだけるから多く着ている。汗が出てくる。

 家族代表挨拶もあり、式典が終わりを告げた。

 お祝いコンサートが始まる。混声アカペラ合唱団の方が歌を歌ってくれる。

 高校生のアカペラを生で聴いたことはある。比べ物にならないくらいレベル違いすぎる。

 知っている曲もあり、アンコールあって楽しむことができた。ありがとうございました。

 コンサート終えて混声アカペラ合唱団の方々とともに記念撮影。

 これによってダブル成人式は幕を閉じた。

 全て終了して、飾りつけのところで弟とともに記念撮影。弟は記念品を持ってくれている。司会進行してくれた指導室の人が撮ってくれた。

 飾りつけのところには前日届いた恩師からの祝電と謝辞全文が飾られている。

 成人式のときはお父さんは仕事。お母さんは体調不良。当時弟は中1。家族誰も来てくれなかったから、今回はとても嬉しかった。

 最初の行事でインパクト残せたし、車いすで出席できてよかった。

 最後に謝辞全文を載せておきます。

  本日は僕たちのためにダブル成人式を開催していただきありがとうございます。

 僕は予定日より2日ほど遅れたことで奇跡的に阪神タイガースがリーグ優勝した日に産まれました。

 小1に従兄弟の影響で阪神ファンになり、辛くてしんどい時も選手が頑張っている姿を見て僕に勇気を与えてくれました。
 僕にとって阪神タイガースは生きがいであり人生そのものです。

 僕が成人式のお祝いをしてもらった時はわかば病棟の時で1人でした。
 ダブル成人式があると聞いた時はそんなお祝いあるんだなと思いビックリしました。
 今回は新棟にて3人で初行事をお祝いしていただきとても嬉しいです。
 地元の中学では3年間放送部、支援学校では生徒会長などの役職、卒業後は行事委員を10年以上して司会進行はたくさんしてきたので挨拶を引き受けました。

 僕はこの20年間色んなことを経験し、たくさんの人と出会い友達もできました。一人暮らし実現や辛くて悲しいこともありました。
 大勢の人に支えてもらいながらここまで乗り越えて今がある。
 夢だった一人暮らしでは地元に帰ることを決め、地元は呼吸器装着しながら一人暮らししている人はいなくて前例ないなか市役所に2回直談判してようやく認めてもらうことができた。
 家も不動産にlineで直接やり取りして実家の近くで家を見つけてもらえて嬉しかった。
 体調問題で3ヶ月だけしかできなかったけど貴重な経験ができてよかった。やらないと後悔しちゃうのが嫌だから。

 再入院してしんどい時期が続いた。コロナ渦で面会禁止も辛かった。
 気管切開後、4年寝たきりから車いす練習再開し、辛くてしんどいリハビリ生活。
 また外出したい思いそして諦めない精神と努力で一昨年12月に5年ぶりに外出できました。
 そして、昨年は電車で念願の大阪・関西万博2回と阪神優勝パレードに行くことができ、14回外出できました。
 一人暮らしのときお世話になったヘルパーさんと再会でき、外出援助をお願いしている。僕は乗り鉄で電車外出が好き。一人暮らし前もたくさん電車外出してきた。
 僕の現在の夢は飛行機に乗って旅行すること。これからも楽しい思い出を弟とともに作っていきたい。
 今は何事も弟の協力あってのことなので、いつもありがとう。

 1度きりの人生楽しんだもの勝ち。人として産まれて来たので障害など関係ない。何事も当たり前じゃない。感謝することそして笑顔で生活することがとても大事です。

 最後になりますが、僕はブログとXを通して筋ジスの周知活動しています。ブログ名はトラキチひろくんの日常です。時間あるときに見て頂ければ幸いです。
 1人でも多くの人に知ってもらい、将来筋ジスが完治する世界になればいいなと思っています。僕は療養生活の希望の星になりたい。

 両親のためにも健康で楽しく長生きして、還暦のお祝いをしてもらうことが僕の今後の目標です。
 これからも引き続き、みなさんよろしくお願いします。
         令和8年1月21日 ダブル成人式代表 〇〇〇〇

これからも当ブログをよろしくお願いします。

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ひろくん
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